彼の話

自分よりツライ人がいるのは知っています

わたしは良き友人に恵まれていて

食事も出来、仕事も出来

何不自由なく暮らしています

だから、わたしの悲しみなんて

世界の理不尽に比べれば

他愛ないことなのでしょう


毎日誰かが死んでいます

画面の向こうには悲惨な光景がたくさんあります

目を覆いたくなるような現実はたくさんあります


わたしはわたしの生活でしか体験出来ません


交通事故でなくて良かった

最期まで一緒で彼は幸せだった

彼の分まで幸せにならなくては


あなた方が彼の闘病生活が

どんなにツラく過酷だったかは判らないでしょう

わたしだって判りません

だから慰めのお言葉はやめて下さい

口を慎めて下さるなら幸いです


悲しみを吐き出さないことに美徳を見出すなら

わたしはさぞかし醜いことでしょう

わたしは悲しいです

彼がいなくて悲しいです

彼がいない自分を憐れんでいるのかもしれません


もし…

の世界があるなら

わたしの寿命を彼にあげられるなら

どうぞ持って行って下さい

彼はわたしのせかいを構築する一部であり

これからもそうでしょう


恐いのは

いつかこの悲しみが薄れてしまうことです

のうのうと幸せになってしまおうという考えです

この先を望んでいる自分です


何もかも覚えなくて良いから

彼のことをいつまでも

壊れたフィルムの様に

繰り返させて下さい

細胞という細胞に記憶させて下さい

新しい細胞に彼を教えて下さい


こんにちは

彼の話をしても良いですか?